カテゴリ:養殖場見学シリーズ | 施設:株式会社FIVOR(ファイバー/岡山県倉敷市)
タグ:国産バナメイエビ/陸上養殖エビ/無投薬/業務用バナメイエビ/アクアポニックス/FIVOR/丸五ゴム工業/磯焼け/ヒレナマズ/養殖場見学/SAKANA DIRECT

まえがき──なぜSAKANA DIRECTが、野菜やお花も育てる施設に来たのか
SAKANA DIRECTは魚を売るブランドだ。なぜ、野菜やエディブルフラワーまで育てているアクアポニックス施設に、僕は車を走らせたのか。
理由は「国産バナメイエビ」だった。
僕は20代の頃、水産卸の営業マンとしてキャリアをスタートし、エビ庫の担当をしていた人間だ。冷凍エビの段ボールを毎日のように触り、サイズ規格表記(21/25とか16/20とか)と睨めっこしながら、ホテルやレストランへ卸していた。輸入バナメイエビの相場と流通サイズには、それなりに肌感のある人間だ。
そんな僕のところへ、岡山のFIVORという施設で「冷凍エビ流通には乗らないクラスの巨大な国産バナメイエビが、海藻のアオサと一緒に泳いでいる」という話が入ってきた。しかも無投薬・陸上養殖、そのアオサは別の場所でウニの餌になり、磯焼けという海の問題まで動かそうとしている──と。これは行かないわけにはいかない。
ちなみに今回の訪問にはもう一つ目的があった。FIVORでは「ヒレナマズ」も育てている。前回の【養殖場見学#01】で訪ねたジャパンマリンポニックス(藤田工場)と同じ品種でありながら、生産思想がまるで違う──その違いも、自分の足と目で確かめたかった。
つまり今回の取材は、SAKANA DIRECTの2品目(国産バナメイエビ/ヒレナマズ)両方の源流を、一度に確かめにいった訪問だ。
これが、僕が岡山県倉敷市のFIVORへ向かった理由だ。
はじめに──「もったいない」が革命の出発点だった
「魚の水換えが嫌いなんですよ。捨てるのがもったいなくて。」
案内してくれた中野将之取締役は、施設を歩きながらそう笑って話してくれた。たったこの一言が、国産バナメイエビ・ヒレナマズ・野菜・キノコ・花が互いに支え合う、驚くべき循環型農業施設の出発点だったと知って、僕は思わず立ち止まってしまった。
名前は聞いたことがあっても、アクアポニックスの実際の現場を見たことがある人は多くないはず。しかも今回の取材で一番驚いたのは、その仕組み以上に、運営しているのが100年超の歴史を持つ自動車部品メーカーのグループ会社だったということ。本記事では、FIVORの見学レポートを通じて、アクアポニックスのしくみ・メリット・そこで育つ生き物と植物たちを、現場の空気感そのままにお届けする。

FIVORとは──丸五ゴム工業グループの新規事業
株式会社FIVORは、自動車用ゴム部品の製造・販売を手がける丸五ゴム工業株式会社(岡山県倉敷市)が、2025年4月に設立した新規事業会社だ。「心豊かで循環する暮らしが当たり前になる社会」をビジョンに掲げ、アクアポニックス装置の開発・販売、そして自社による生産現場の運営を行っている。
親会社の丸五ゴム工業は、創業1919年・グループ100年超の老舗。自動車用の防振ゴムやホース類を国内ほぼすべての自動車・二輪車メーカーへ供給する、れっきとした世界企業だ。その丸五ゴム工業が、なぜまったく畑違いに見えるアクアポニックスへ。中野取締役はこう振り返る。
「農業や漁業で弊社の技術を活用したいと思ったんですが、参入障壁が高くて。調べていく中で、アクアポニックスという新技術にたどり着きました。2020年頃から事業化の検証を始めて、目途がついた2025年4月にFIVORを設立しています。」
自動車部品で培ったゴム・樹脂の素材技術、限られたスペースに配管を収める設計力、品質マネジメント。これらを「水と命が循環する仕組み」に応用したのがFIVORというわけだ。これを聞いた瞬間、僕の中で景色がガラリと変わった。「町工場が農業をやってみた」ではなく、「100年磨いた工業技術を、食の現場へ持ち込んでいる」のだ。
なぜ自動車部品メーカーがアクアポニックスを?
見学中、中野取締役の言葉のはしばしから、丸五ゴム工業の技術が施設のどこに息づいているのかが見えてきた。
① 配管と濾過──「狭いスペースに部品を収める」自動車技術の応用
施設に入って真っ先に驚くのが、配管とタンクの密度だ。これは自動車の限られたエンジンルームに部品を収める技術と、本質的に同じ問題。狭い場所に複雑な経路をいかに美しく収め、メンテナンス性を確保するか──。FIVORの設備が「手づくりなのに精密」に見えるのは、ここに理由がある。
② ゴム・樹脂──水まわり素材の知見
水と生き物を扱うシステムは、素材選定が命だ。劣化しない、有害物質を出さない、適切な弾性がある。100年磨いてきたゴム・樹脂の知見が、そのまま循環型農業の信頼性につながる。
③ 「モノからコトへ」──新規事業の発想
丸五ゴムは2012年に新規事業開発部を立ち上げ、モビリティ以外の領域へ踏み出してきた。「製品(モノ)」を売るだけでなく、「体験や循環(コト)」を提供する事業へ。FIVORの装置「TAMATE BOX」は、教育・福祉・オフィスなど、食料生産以外の現場へも展開されている。
営業代行をやっている僕から見ても、これは強烈な事例だ。本業で培った技術を、まったく別の市場へどう転用するか──いわゆる「両利きの経営」を、岡山の老舗メーカーが地に足のついた形でやっている。その現場が、目の前にあった。

アクアポニックスのしくみを徹底解説
アクアポニックスの核心は「魚と植物が互いに支え合う循環」だ。FIVORのシステムを例に、そのフローをわかりやすく説明する。
ステップ① 魚がご飯を食べる
魚が餌を食べると、消化・排泄によって水の中に「アンモニア」が発生する。アンモニアは生き物にとって有害な物質で、放置すれば魚は死んでしまう。従来の養殖では、この汚れた水を定期的に換水(捨てる)ことで管理していた。
ステップ② バクテリアが硝酸に変換する
アクアポニックスでは、換水の代わりにバクテリアの力を使う。水中の有益なバクテリアがアンモニアを「硝酸塩(硝酸)」へと変換。硝酸塩は、植物が大好きな栄養素だ。
ステップ③ 水をろ過して植物ゾーンへ送る
硝酸塩を含んだ水は、ろ過装置を通ったあと植物ゾーンへ送られる。FIVORでは上部のグレーのタンクが「ろ過タンク」の役割を担っており、きれいになった水が上からシャワーのように植物へ降り注ぐ。
「上から来てるんですね。じゃあここの水がここを通って、上からこうシャワーのように──」
見学中、思わず口に出してしまったほど、その構造は視覚的にも美しいものだった。
ステップ④ 植物が硝酸を吸収して成長する
植物は水(硝酸塩)を吸収しながら光合成で成長する。この過程で水中の硝酸塩濃度が下がり、水がどんどんきれいになっていく。
ステップ⑤ きれいな水が魚のタンクへ戻る
植物ゾーンを通過してきれいになった水は、再び魚のタンクへ戻る。魚はきれいな水の中でまた元気に泳ぎ、①へ戻る──この循環が止まることなく続く。
「魚ってご飯を食べると水がどんどん汚れていくんですよ。窒素分とか硝酸っていうのが増えていくんですけど、それを植物が成長する過程で吸収して育つので、その分水の中の硝酸値が減って、きれいな水がまた向こうに戻る。それをずっと繰り返しているんです。」
中野取締役のこの説明を聞きながら、自然界の生態系そのものを人工的に再現しているのだ、と腹落ちした。
潮汐式(フラッド&ドレイン)──根に酸素を届ける工夫
FIVORが採用している植物への給水方法は「潮汐式(ちょうせきしき)」、英語では「フラッド&ドレイン(Flood & Drain)」と呼ばれる。
通常の水耕栽培では、根が常に水に浸かった状態が続く。しかし根は「酸素」も必要としているため、ずっと水に浸かっていると窒息してしまうことがある。
潮汐式では、1日に数回、栽培ベッドへ一気に水を流し込み(Flood)、その後水を抜く(Drain)というサイクルを繰り返す。水が引いたあとに空気が入り込み、根がしっかり酸素を吸収できる仕組みだ。
「うちはずっとは溜めてないんですよ。1日何回かザーッと給水して、また水を抜く。根にしっかり空気をあげようっていう感じです。」
実際に見学中、タンクの水位が80%から下がっていく様子をリアルタイムで見せてもらった。シンプルな仕組みだが、これが植物の健全な成長を支えている。

キノコのCO2が野菜を育てる──驚きの立体農業
FIVORで特に印象的だったのが、「キノコ × 植物」のCO2循環システムだ。
施設内ではキクラゲ(木耳)が栽培されている。一見すると「なぜ養殖場にキノコ?」と思うが、ここに深い理由がある。キノコは成長過程で大量のCO2(二酸化炭素)を排出する。CO2は植物の光合成に欠かせない原料。空気中のCO2濃度を高めると、植物の成長が促進されることが知られている。
そしてCO2には重要な物理的性質がある──空気より重いため、上から下へ流れていく。
FIVORでは、上段でキクラゲを栽培し、そこから出るCO2が自然に下段の植物ゾーンへ流れ落ちるように設計されている。さらに施設内のCO2濃度をモニタリングして管理しており、植物にとって最適な環境を維持している。
「ここはCO2濃度も計測してるんです。キノコは野菜じゃなくて菌なので、すごいCO2を出すんですよ。それを植物に回してあげて、よく育つようにする。CO2は重いので、上で出したら全部下に落ちていくんですよ。」
肥料も、水も、CO2も──すべてを施設内で循環させるこの設計は、まるで精巧に組み立てられたパズルのようだった。

巨大な国産バナメイエビ × アオサ × ウニ──FIVORが解こうとしている磯焼け問題
ここからが、僕がFIVORを訪ねた一番の理由の話になる。施設の奥にあった、国産バナメイエビの水槽だ。
まえがきにも書いた通り、僕はエビ庫担当出身。冷凍輸入エビのサイズ規格には、それなりに肌感のある人間だ。そのうえで言わせてもらうと、FIVORで育っている国産バナメイエビは、明らかに大きい。冷凍エビの一般流通には、ほぼ乗らないクラスのサイズだ。現役で取引していた頃の僕が見たら、「このサイズが安定して入ってくるなら、料理人は喜ぶだろうな」と素直に思ったはずだ。
しかも陸上養殖だから水質は完全コントロール、かつ無投薬。輸入冷凍バナメイエビが抱えてきた抗生物質・薬剤への懸念が、構造的に存在しない。業務用バナメイエビとして飲食店に提案する際、これは決定的な差別化要素になる。

仕組み──エビ × アオサのアクアポニックス
ここで動いているのは、魚 × 野菜とはまた別の循環だ。
- 国産バナメイエビの排泄物を含んだ水が、アオサ(海藻)の水槽へ流れる
- アオサが水中の栄養を吸収しながら育ち、水を浄化する
- きれいになった水が、再びエビの水槽へ戻る
魚と植物の循環と、まったく同じ構造を「海の生き物 × 海藻」で再現しているわけだ。淡水でも海水でも、アンモニア → 硝酸塩 → 植物(海藻)が吸収という根本原理は変わらない。同じ思想を別フィールドに展開している、その柔軟さに唸らされた。
そしてその先へ──磯焼けという海の問題
ここからがFIVORの真骨頂だ。育ったアオサは、ウニの餌としても活用されている。
「磯焼け(いそやけ)」という言葉をご存じだろうか。日本各地の沿岸で深刻化している現象で、海藻が消失して海底が砂漠のような姿になってしまう問題だ。原因はいくつかあるが、餌不足で身入りの悪くなったウニが、海藻の新芽まで食い尽くしてしまうという悪循環が大きな要因として知られている。痩せたウニは商品価値が低く、海藻も育たない──海そのものが疲弊していく、深刻な現象だ。
そこへ、アクアポニックスで育てたアオサを、ウニの餌として供給する。ウニは身入りを取り戻して商品になり、天然の海藻はウニの食害から守られる。一つの取り組みが、養殖の生産性向上と、海の生態系保全という、本来別々に語られてきた二つの課題を同時に動かしうるわけだ。
「もったいない」の発想で始まった陸上のアクアポニックスが、海の問題にまで手を伸ばしている──。これを聞いたとき、僕の中で点と点がつながった。SAKANA DIRECTで「まだ知られていない養殖魚を、全国の食卓へ」を掲げる僕たちが、本当に向き合いたいのも、ここなんだと。エビ庫で冷凍ケースを開けていた20代の僕には、まだ見えていなかった景色があった。
ちなみにSAKANA DIRECTでは、ヒレナマズに加えて、このFIVOR産の国産バナメイエビも取り扱っている。冷凍エビ流通には乗らないサイズが、循環型のシステムで、しかも無投薬・陸上養殖で育っている──飲食店様に「これは養殖の世界の最前線です」と胸を張ってご紹介できる素材だ。
国産バナメイエビの仕入れ・サイズ規格・卸条件のご相談は、お問い合わせフォームからご相談ください。
エビ全般の選択肢を比較したい方は、国産養殖エビ・カニの選択肢もご覧ください。

FIVORで育てているもの
FIVORの植物ゾーンと水槽では、多彩な生き物・植物が元気に育っていた。
国産バナメイエビ
FIVORの水槽で育つ、一般流通の冷凍エビには乗らない大型サイズの国産バナメイエビ。無投薬・陸上養殖で、アオサとの循環で水質が保たれ、育ったアオサはウニの餌としても活用される(前章参照)。SAKANA DIRECTでも業務用バナメイエビとして取り扱い品目だ。
ヒレナマズ
国産バナメイエビと並ぶ、もう一つの主役。実はSAKANA DIRECTでは、岡山県のジャパンマリンポニックス(藤田工場)でも同じヒレナマズを取り扱っている。【養殖場見学#01】で詳しく書いたが、両者は同じ魚種でも、まったく異なる思想で育てられている──詳しくは次章で。
レタス
水耕栽培の定番。アクアポニックスとの相性も抜群で、きれいな緑の葉が整然と並んでいた。
ルッコラ
ゴマに似た独特の香りと辛みが特徴のイタリア野菜。サラダやピザのトッピングに人気。
バジル
イタリア料理に欠かせないハーブ。水耕栽培で育てると香りが強くなるとも言われる。
キクラゲ(木耳)
コリコリとした食感が特徴のキノコ。CO2供給という重要な役割も担っている。「切って切って使うので」と、収穫しながら2か月育て続けているものもあった。
エディブルフラワー(食べられるお花)
FIVORの中でも特にユニークな存在がエディブルフラワーだ。「アリスタ」と呼ばれる木から採れるお花も含め、複数種類の食用花が栽培されており、ケーキ屋さん、ホテル、結婚式場などへ出荷されている。
「ケーキの上に乗ったりとか、ホテルとか結婚式場とか、そういうところで使われるんですよ。」
ウェディングケーキや高級レストランのデザートを彩る美しいお花が、魚の排泄物を栄養源として育っている──。食のサプライチェーンの意外なつながりに、感動すら覚えた。
ところで、ヒレナマズも──同じ魚種でもストーリーが違う
ここでもう一つ、踏み込んだ話をさせてほしい。SAKANA DIRECTのヒレナマズ仕入れ戦略の話だ。
SAKANA DIRECTでは、岡山県のジャパンマリンポニックス(藤田工場)とFIVOR、両社のヒレナマズを取り扱っている。同じ「ヒレナマズ」という魚種、同じ岡山県内、しかも前者の内尾社長は僕の技術師匠でもある──。
「同じヒレナマズなら、どちらか一社で十分なのでは?」と聞かれそうだが、実際に両方の現場に立ってみると、まったくそうは思わない。生産思想がまるで違う。料理人にとって、まったく別の武器になる魚なのだ。
ジャパンマリンポニックス(RAS):徹底した「設計型」
ジャパンマリンポニックスは、閉鎖循環式陸上養殖(RAS/Recirculating Aquaculture System)の最前線。水道水を完全殺菌・脱塩素して投入し、外部環境と一切接点を持たない密閉系で7年間病気ゼロを実現している。
- 北海道大学のエビデンス:イノシン酸はマグロ並み(100gあたり約370mg)
- 餌にグルタミン酸・コオロギ(昆虫タンパク)を意図的に配合し、うま味を「設計」
- フミン酸・フルボ酸でストレス軽減、独自の流動濾過特許でタンク容量1/3
- 寄生虫・重金属リスクほぼゼロ、刺身でも安心
「ナマズで天下取る。サーモンのライバルになる、これは。」
内尾社長のこの言葉に象徴されるように、ジャパンマリンポニックスは「魚そのものの性能を、科学的にどこまで突き詰められるか」というアプローチだ。料理人にとっては、エビデンスでうま味を訴求できる、極めて理学的な素材。
FIVOR(アクアポニックス):循環の中で育つ「生態系型」
一方FIVORは、ここまで見てきたとおり、まったく違うアプローチだ。
- 淡水のヒレナマズ × 野菜・ハーブ、海水の国産バナメイエビ × アオサ、キノコのCO2 × 全植物──複数の循環が併走する「生きた」システム
- 排泄物は捨てない。植物の栄養となり、また魚やエビへ戻る
- アオサがウニの餌になり、磯焼けという海の問題まで射程に
- 丸五ゴム工業グループの工業技術と、「もったいない」という日本的感性の融合
「もったいないからです。」
中野取締役のこの一言に象徴されるように、FIVORは「魚を含む生態系そのものを、いかに循環させて美しく回すか」というアプローチだ。料理人にとっては、ストーリーで料理を立たせる、極めて物語的な素材。
料理人の哲学に合わせて選ぶ
どちらが優れているかではない。料理人がメニューに込めたい思想によって、合う方を選んでいただくべき素材だ。
- 「うま味数値の安定性」「マグロ並みのイノシン酸」を理学的に訴求したい店 → ジャパンマリンポニックスのRASヒレナマズ
- 「自動車部品メーカーが立ち上げた循環農場で、レタスやルッコラと一緒に育った魚」という物語性を訴求したい店 → FIVORのアクアポニックスヒレナマズ
同じ魚種でも、お客様にお出しする「ナラティブ」が変わる。20代のエビ庫担当時代には想像もできなかった発想だが、ここまで生産技術が進んだ今、料理人と話していると「素材のストーリーをどう語るか」が、味と同じくらい重要になってきていることを実感する。
そしてSAKANA DIRECT自身も──美山かやぶきの里の自社養殖場へ
もう一つお伝えしておくと、僕たちスリーグッドは2026年7月、京都・美山かやぶきの里に自社養殖場を立ち上げる。こちらはジャパンマリンポニックスから学んだRASの3メートル槽。茅葺き屋根の集落のすぐそば、由良川源流域の清水と山間部の澄んだ空気の中で、新しい養殖の現場を始める。
ジャパンマリンポニックス(技術師匠)/FIVOR(協業先)/美山(自社拠点)──この三角形で、ヒレナマズという一つの魚種を、いろいろな表情で全国の食卓へ届けていく。それがこれからのSAKANA DIRECTのかたちだ。
FIVORの見学は、僕にとって単なる取材ではなく、自分たちの事業地図がもう一つ立体的になる、そんな一日だった。
温度・湿度・CO2──3つの環境管理
アクアポニックスは生き物(魚)と植物の両方を同時に管理するため、環境コントロールが非常に重要だ。FIVORでは次の3つの指標をリアルタイムでモニタリングしている。
温度
魚の生育適温と植物の生育適温の両方を考慮した温度管理。とくに空気の温度と水温のバランスが重要で、専用のセンサーで常時監視している。
湿度
「温度と湿度の2つのバランスで、どれくらい野菜が育ちやすいかみたいな数値が出るんですよ」と中野取締役。温度だけでなく湿度も野菜の生育に大きく影響する。
CO2濃度
前述のキクラゲから供給されるCO2の濃度も管理。植物の光合成を最大化するために最適な濃度を維持している。
これらの環境データを組み合わせることで、魚にとっても植物にとっても最良の環境を作り出している。感覚や経験だけに頼らず、データに基づいて管理するこのアプローチは、まさに丸五ゴム工業が培ってきた品質管理の文化そのものだった。
なぜアクアポニックスを始めたのか──原点の哲学
「なんでこの組み合わせをしようと思われたんですか?」という質問に、中野取締役はこう答えた。
「魚の水換えが嫌いだからです。水を捨てるのが嫌だからです。もったいないからです。」
この答えに、施設全体の哲学が凝縮されているように感じた。
従来の養殖では、水質を保つために定期的な換水が必要だ。汚れた水を捨て、新しい水を入れる──この作業は養殖業者にとって手間のかかる日常業務であり、大量の水を消費・廃棄することにもなる。
「もったいない」という日本語には、物を粗末にすることへの嫌悪感と、資源を大切にしたいという感性が込められている。100年自動車部品をつくり続けてきた老舗メーカーが、最新の循環型農業に取り組むその根っこに、こんなにも素朴で日本的な感性があったことに、僕は心を動かされた。
実際、FIVORでは水を外に捨てることがほとんどない。魚の排泄物→植物の栄養→きれいな水→魚へ戻る。この循環が完成すれば、理論上は足し水(蒸発した分の補充)だけで運営できる。SDGsという言葉が広まる前から、「もったいない」という感覚で循環型をやってきた──そういう静かな先進性が、この施設にはあった。
アクアポニックスのメリットまとめ
今回の見学を通じて見えてきた、アクアポニックスの主なメリットを整理する。
- 水を循環利用できるため、水の使用量を大幅に削減できる
- 化学肥料を使わず、魚の排泄物が天然の肥料になる
- 野菜と魚を同時に生産できるため、土地あたりの生産効率が高い
- 抗生物質や薬剤がほぼ不要(無投薬養殖)、クリーンな食材が育ちやすい
- 閉鎖環境のため、季節や天候に左右されず安定生産が可能
- 廃棄物が少なく、環境負荷が低い
- 都市部でも施設さえあれば実施可能(フードマイレージの削減にも貢献)
一方で、システムの設計・構築には専門知識が必要で初期コストが高い点、魚と植物の両方を管理するため運営の難易度が高い点なども現実としてある。中野取締役が「こっちは正直、高いですよ」と苦笑いしながら話していたのが印象に残っている。だからこそ、自動車部品で培った量産設計・コスト管理の知見を持つ丸五ゴム工業グループだから挑めるテーマなのだと、改めて思った。
見学を終えて──未来の食を体感した一日
FIVORの見学を終えて、強く感じたことがある。それは「農業・養殖の未来は、複合化・循環化にある」ということだ。
魚だけを育てる。野菜だけを育てる。そのやり方では出てしまう廃棄や非効率を、掛け合わせることで解消する。そこにキノコのCO2循環まで組み込む。一つひとつの生き物がそれぞれの役割を持ち、システム全体として機能している姿は、自然界の生態系そのものだった。
「ここまで全部繋がってるんです。」
中野取締役のこの言葉どおり、施設の3つのゾーンは見えない糸でつながっていた。
そして僕自身、SAKANA DIRECTという「まだ知られていない養殖魚を、全国の食卓へ」をミッションに掲げる事業をやっている人間として、FIVORの取り組みは、ただの異業種事例ではなく、同じ問いを別の角度から解いている仲間のように感じた。本当においしいもの、本当に循環している食を、もっと多くの人に届けたい──その思いが重なる訪問だった。
食べ物がどのように育てられているか。その現場を知ることは、僕たちの食の選択を確実に豊かにしてくれる。SAKANA DIRECTは、こうした生産現場の「リアル」をこれからも発信していく。次回の養殖場見学シリーズもどうぞお楽しみに。
よくある質問(FAQ)
Q. FIVORの国産バナメイエビは、なぜそんなに大きいんですか?
A. 一般的な冷凍流通の輸入バナメイエビは、効率重視で小~中サイズで出荷されることがほとんどだ。FIVORでは、アオサとの循環で水質を最適に保ちながら、流通の都合に縛られず大型まで育てている。冷凍エビ流通には乗らないクラスのサイズ規格で、頭の存在感やぷりっとした食感はまったくの別物だ。
Q. 国産バナメイエビは輸入冷凍エビと何が違うんですか?
A. 大きく3つ違う。①サイズ規格:流通の都合に縛られず大きく育てられる。②無投薬:閉鎖循環式の陸上養殖のため抗生物質や薬剤が基本不要。③鮮度・トレーサビリティ:冷凍を経由せずに業務用納品が可能で、生産現場が明確。料理人がメニュー説明する際の訴求力が、輸入冷凍エビとはまったく異なる。
Q. 業務用バナメイエビとして、どんな業態に向いていますか?
A. 寿司・割烹(活気のあるサイズ規格と無投薬訴求)、天ぷら(食感)、中華料理(サイズインパクト)、ホテルバンケット(ストーリー性のあるコース食材)など、幅広い業態に向く。詳細はSAKANA DIRECTにご相談を。
Q. 磯焼け対策として、本当に効果はあるんですか?
A. FIVORでは、アクアポニックスで育てたアオサをウニの餌として供給する取り組みを進めている。痩せたウニに身入りを取り戻させ、同時に天然海藻をウニの食害から守るというアプローチで、各地で類似の研究や実証が進んでいる領域だ。完全な「解決」というより、磯焼けという複合的な問題に対する有効なアプローチの一つとお考えいただきたい。
Q. アクアポニックスで育てた魚やエビは食べられますか?
A. はい、食べられる。完全に管理された循環水のなかで育つため、ストレスが少なく健康的に育つとされ、餌や水質も把握できる安心感がある。
Q. アクアポニックスで育てた野菜は安全ですか?
A. 化学肥料や農薬をほとんど使わないため、クリーンな野菜が育ちやすい環境だ。ただし施設・管理方法によって異なるので、各生産者への確認をおすすめする。
Q. ジャパンマリンポニックスのヒレナマズと何が違うんですか?
A. 魚種は同じヒレナマズだが、生産思想がまったく違う。ジャパンマリンポニックスは閉鎖循環式陸上養殖(RAS)で「うま味を科学的に設計する」アプローチ、FIVORはアクアポニックスで「生態系全体を循環させる」アプローチ。料理人がメニューに込めたい物語によって、相性のよい方を選んでいただくのがおすすめだ。詳しくは本文「ところで、ヒレナマズも」の章をご覧いただきたい。
Q. エディブルフラワーはどこで購入できますか?
A. FIVORのエディブルフラワーはケーキ屋・ホテル・結婚式場向けに卸されている。飲食店様で仕入れをご検討の場合は、SAKANA DIRECTの問い合わせフォームよりご相談を。国産バナメイエビ・ヒレナマズと合わせたご提案も可能だ。
Q. アクアポニックスは家庭でもできますか?
A. 小規模なキットが市販されており、家庭でも楽しめる。FIVORが開発した「TAMATE BOX」のようにカスタマイズ可能な装置もあり、専門知識がなくても導入しやすくなってきている。
Q. 丸五ゴム工業はなぜアクアポニックスを?
A. 自動車部品で培ったゴム・樹脂の素材技術、配管設計、品質管理を、循環型農業に応用するためだ。新規事業として2020年頃から検証を始め、2025年4月にFIVORを設立した。
FIVOR 基本情報
- 会社名:株式会社FIVOR(ファイバー)
- 所在地:岡山県倉敷市
- 設立:2025年4月
- 親会社:丸五ゴム工業株式会社(丸五ゴム工業グループ/創業1919年)
- 取締役:中野 将之 様(取材対応者)
- 事業内容:アクアポニックス装置「TAMATE BOX」の開発・販売、自社運営
- 育てているもの:国産バナメイエビ、ヒレナマズ、アオサ、レタス、ルッコラ、バジル、キクラゲ、エディブルフラワー
- 出荷先:ケーキ屋・ホテル・結婚式場 など(国産バナメイエビ・アオサは応用研究/ウニ給餌実証も)
- 主な特徴:CO2循環システム/潮汐式(フラッド&ドレイン)/水完全循環型/自社設計設備/無投薬
この記事が参考になったら、ぜひSAKANA DIRECTのウェブサイトもご覧いただきたい。養殖場の現場から、新鮮な情報と魚をお届けしている。
SAKANA DIRECTについて
SAKANA DIRECTは、国産バナメイエビ・ヒレナマズなど、最先端の生産技術で育てられた安心・安全・美味しい養殖魚を、全国の飲食店に直接お届けします。
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